日本アニメの名作「鬼滅の刃」。
私はこのアニメは日本人の魂の物語だと思っています。
忘れ去られた日本人の「誇り」「覚悟」「恥」「情け」。
これらが随所に出てきて脳幹を刺激します。
私が最初に観たのはテレビアニメ版の第一話。
家族を鬼に皆殺しにされた主人公 竈門炭治郎(かまどたんじろう)。
唯一、生き残ったが鬼になったかもしれない妹の禰豆子(ねずこ)。
鬼を追ってきた鬼殺隊の冨岡義勇。
鬼の疑いのある禰豆子を冨岡義勇が切ろうとする。
身を挺してそれを守ろうとする炭治郎。しかし力の差は明らかで勝算は全くない。
最後、炭治郎は土下座して妹の命乞いをする。
そこで態度が豹変した義勇のセリフ。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
「弱者には何の権利も選択肢もない!ことごとく力で強者にねじ伏せられるのみ!!」
後に炭治郎も鬼殺隊に入りとんでもなく強くなっていくのですが、
この時はただの少年。
義勇は禰豆子の行動を見てどうやら人間の心がまだ残っているようだと判断するのですが,
炭治郎に対する言葉は厳しい。
上記はそこでの名言です。
このアニメは日本人の遺伝子を直接刺激してくる何かがあると思っています。
魂が震える。
このセリフだけでとにかく強くならなくてはと思ってしまのは私だけでしょうか?
小学生の時に出会ったブルースリー以来の衝撃でした。
と思わず興奮してしまいました。
つまり義勇が言いたかったのは、
大事な人を本当に護りたいのであれば最後まで戦いを諦めてはいけないという事なのです。
自分の弱さにかまけて相手の情に訴えかける。
相手に運命をお任せする。
自分もやられ大事な人もやられそれがお前の選択かという、
炭治郎に対する厳しい戒めの言葉だったのです。
(観た事ない人すみません)

―私に護れるのか 火事場の馬鹿力を持つ日本人のDNA―
「どんな時でも護らなければいけないのだ。あなたが老人でも、あなたが女性でも、あなたが非力でも、あなたの背が低くても、あなたの気が弱くても、もしも護らなければいけないものがあるなら、あなたは護らなければいけないのだ。無理だという判断はあなたが掛けたリミッターである。あなたのリミッターは本当の限界ではない。あなたはもう一度それを外しもっと遠くにそれをかける事が出来る。あなたなら出来る。日本人ならそれが出来る。心配しないでいい。日本人はそういう風に作られている。大丈夫。私なら出来る。そう唱えれば、必ず護れる。」